道草する犬。犬が鼻で感じ取る世界。
「道草を食う」という言葉には、どこか「無駄な時間」という響きを感じる。 でも、犬たちとの散歩においては、この道草が大切なんだと、そんなふうに思っている。
地面に鼻を近づけて、なにかを一生懸命に探っている背中。 そんな姿が大好きだ。
道草のない散歩は、味気ない。 だって、彼らはその優秀な鼻で、僕たちが知ることのできない情報をたくさん読み解くことができるのだから。
人は、主に目で世界を見ている。 だから、目に映る景色が変わることに楽しさを感じる。
でも、彼らは違う。 犬の世界認識の主役は、嗅覚だ。
人間の数千倍から数万倍とも言われるその感度は、単に「匂いがよくわかる」というレベルではない。 その鼻腔には数億個もの受容体が備わっていて、空気中を漂う微かな化学物質を、分子レベルで捉えることができる。
さらに驚くべきことに、彼らには通常の匂いとは別に、フェロモンを感じ取るための特殊な器官まである。 ここを使って、彼らはそこに残された他者の性別や年齢、健康状態、さらには「恐怖」や「興奮」といった感情の揺らぎまでをも解析している。
散歩中に彼らが立ち止まるとき。 それはただクンクンしているのではなく、そこに残された膨大な情報を読み解いて、脳内で高度な情報処理を行っている瞬間なのだ。
人には決して感じることのできない世界。 そう考えると、彼らの世界をのぞいてみたいと素直に思う。
彼らが鼻を使うもうひとつのとても大切な理由がある。それは、自分の心を整えるということ。
匂いを嗅いでいるとき、犬たちの心拍数はゆっくりと下がっていくそうだ。 興奮したり、少し不安になったりしたとき、彼らは匂いを嗅ぐことで、自分自身をなだめているのかもしれない。
人間が、深く息を吸い込んで、気持ちを落ち着かせるのと同じように。彼らが明日も健やかでいるために必要な、深呼吸の時間なのだろう。
だから僕は、散歩中に愛犬が立ち止まったとき、なるべく静かに待つことを選ぶ。
僕の時間が許す限り。 彼らが納得するまで。 気が済むまで。
それは、進まない無駄な時間ではないと思うから。
明日もまた、犬たちは道草をするだろう。
同じ道を歩きながら、違う世界を感じている僕たちのその時間を、大切にしていこうと思う。